祈ることから演じることへ(2)

(承前2006-05-14 - 「engeki」的5/14)

くりかえしのくりかえし

バディは、スーパーマーケットでの女の子との会話の最中に、自分が「完全に伝達可能な真理のイメージ」を掴んだと確信し、弟ゾーイーへの手紙を書いた。そしてそれは、書いてみるとどこかにいってしまっていた。

このエピソード自体が、長兄シーモアが自殺するに至る経緯のくりかえしになっている。そのいきさつは「バナナフィッシュにうってつけの日」(ナイン・ストーリーズ〜J.D.サリンジャー収録)に記されている。

結婚したばかりのシーモアは花嫁と一緒に海岸にあるホテルにいる。浜辺で寝そべっていた彼は少女に出会う。カナリヤ色のセパレーツの水着を着てるが、その上の部分が必要になるのは後九年か十年してからのことだろう。そう描写されているから、年は2つ3つなのだろう。名をシビルという。シーモアはシビルに声をかけられ、海で遊ぶ。遊びながら、口からでまかせの話をする。

「君はただ目を開けて、バナナフィッシュを見張っていれば、それでよろし。今日はバナナフィッシュにうってつけの日だから」
「一匹も見えない」とシビル。
(中略)
あのね、バナナがどっさり入っている穴の中に泳いでいくんだ。入るときにはごく普通の形をした魚なんだよ。ところが、いったん穴の中に入ると、豚みたいに行儀が悪くなる。ぼくの知ってるバナナフィッシュにはね、バナナ穴の中に入って、バナナを七十八本も平らげたやつがいる」

やがて少女がバナナフィッシュをみつける

浮き袋がふたたび水平になると、シビルは濡れてぺったり目にかぶさった髪の毛を片手で払いのけ「いま一匹見えたわよ」と、言った。
「見えたって、何が?」
「バナナフィッシュ」
「えっ、まさか」と、青年は言った「そいつはバナナを口にくわえてた?」
「ええ、六本」と、シビル。
青年は浮き袋からはみ出て端から垂れてるシビルの濡れた足の片方をいきなり持ち上げると、その土踏まずのところに接吻した。
「こら!」足の持ち主は振り向いて言った。
(バナナフィッシュにうってつけの日〜J.D.サリンジャー野崎孝 訳)

この後、シーモアはホテルに戻り、寝ている妻の横で自分のこめかみを撃ち抜く。

  1. 幼い子供相手に、自分の思いつきを口にする(バディ:恋人がたくさん。シーモア:バナナフィッシュ)
  2. 相手が、その思い付きに、思いもかけず自然に受け答えする(「ボビーとドロシー」「ええ、六本」)
  3. 伝達可能な真理のイメージを思い浮かべる。そして、それは消えてしまう。

シーモアについて、最後の点が明記されているわけではないが。

いずれにしろシーモアは死に、バディは手紙を書いた。そして、実のところ、この二つの行為の間にさほどの差はない。(続く2006-05-23 - 「engeki」的 5/23)