朝の認識

再現が可能であるということ。可能どころか必ず再現するということ。「必ず」を信じること。繰り返しが前提である生。昨日まで太陽が東から昇ったから、明日もそうだろうと感じる、その「感じる」意識以前の、情感なき自動的信頼。昇らないかもしれない、と考えることはできても「昇るか昇らないか確信できない」でいることの不可能。命あるものが繰り返しに親和していること。いな、繰り返しに親和するものとしてある、これら、わたしたちの命。−生きとし生けるもの、生み、育ち、衰えて死ぬもの、全て。

100、101、102。と200までスペイン語で数えながら歩くと、その口ずさみにつられて、世界の分節の瞬間を、その秘密を、のぞく、のぞかれる。私は仮構の幼少期に自らを置き、もしかするとそのことによって、初めての朝に気が付く。毎日、わたしたちにとって、朝は、はじめての朝だ。